2009年07月03日
2009年07月01日
kasei cofee
2009年06月30日
磯料理
2009年06月29日
2009年06月26日
切り取り情景
郊外に大型店が立ち並び、小さな商店街が町を埋めていた館山の景色が変わってきました。ここは、以前は食器を売っていた大きなお店でしたが、家屋が壊されて空地になっています。店で使用されていた井戸がポツンと取り残されています。
なぜかものさみしくて、おばあちゃんやおじいちゃんを思い浮かべてしまいます。時代は変わって、井戸端会議もなくなってしまったし、おばさんたちは家にこもることが多いのかな?
東京の下町のような、近所付き合いが館山には残っています。ただ、アパートが増えて、隣に住む人がどんな人かもわからなくなってきています。面倒くさいまでの近所付き合いが、子供たちや町の治安に役立っていたのに、最近は人のいざこざが絶えなくなりました。
昭和から続く、組織という集合体が壊されて、「個の時代」が館山にも押し寄せています。
2009年06月24日
2009年06月22日
もう1枚
昭和42年同日の8月7日、鼓笛隊パレードの写真です。パレードは信号をわたって、銀座通りを進みます。
さてさて、ここはどこでしょうか?
むかって右側は幸田旅館の並びですね。
手前の食堂をまがると女性しか入れない甘味喫茶、のちに十字屋があります。
左側はいとう屋フーズ店、道路を入っていくとキネマ通りに出ます。
写真にはおそらく幸田旅館のとなりにあった、鏡軒、金子自転車店や銀座木村屋のパン屋さんが重なっているのかもしれません。
ぼくの大好きなむさし屋さん(おもちゃや)は写ってるのがありません。
駅前のサカモトデパートのところには、中央劇場という映画館があって、
ガメラなどの大映系をやってましたね。
2009年06月20日
2009年06月18日
2009年06月16日
2009年06月15日
九重駅の看板
1997年、第1話の放送があった週に、駅の看板が心無い方に盗まれてしまいました。駅が無人駅だったので、ここを利用する方たちが気付いたときは看板のないのっぺらな駅になっていました。しばらくは駅名看板を数枚はがされたままの駅でした。
そこで駅員さんが、手書きの板の看板をかけていましたが、次の年にこの駅を利用する地元の小学生が卒業記念にと、自分たちの利用する駅に感謝の意をこめて手作りの看板をつくって駅に寄贈しました。
最近になって、九重駅が簡易な駅舎に改築されたために、小学生の看板が見えなくなってしまいましたが、駅に行って見てホームに近いところにこの看板がかけてあるのを発見しました。
ほっとしました。それと同時に、あのとき看板を数枚はがして盗んだ方たちは、そうっとかえしてほしかったと残念に思いましたよ。ビーチボーイズファンとして恥ずかしいことです。
2009年06月12日
2009年06月10日
2009年06月09日
安房ゆめまつり
小ホールでは牧場のモモコ読み聞かせ隊やオカリナ演奏などの多彩なものが披露されていました。
さて大ホールでは、鴨川のひまわりキッズ&フルーレによるミュージカル仕立ての歌にこころあらわれ、西アフリカの太鼓「房州ジャンベ隊」には体が踊らずにはいられませんでした。
そしてエボリューションのヒップホップはすばらしかった。大人数で年齢も離れた子供たちメンバー全員が躍動感に溢れていました。
そして「よさこいソーラン」など、こころが揺さぶられました。
房総半島の南の端から、こんな躍動感が生まれ発信できれば、まだまだ世の中はすてたものじゃない。





